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高齢犬の夜泣き
——眠れない夜をどう乗り越えるか深夜に突然始まる遠吠え。何度声をかけても止まらない。外まで聞こえているかもしれないと思うと、気が休まらない——。
高齢犬の「夜泣き(夜鳴き)」は、介護をするご家族にとって特につらい問題のひとつです。(なお、正式には「夜鳴き」と表記しますが、本コラムでは飼い主さんに馴染みのある「夜泣き」で統一しています。)自分も眠れない、でもどうすることもできない。その無力感と疲れが飼い主さんの心と体を疲弊させます。
今回は、高齢犬の夜泣きの原因から、ご家族が少しでも楽に夜を過ごすための対応策まで、往診の現場で感じてきたことを交えて書いてきます。
夜泣きはなぜ起きるのか

高齢犬の夜泣きには、さまざまな原因があります。ひとつに絞り込めないことが多く、複数の要因が重なっていることが大半です。
夜泣きの主な原因
・ 認知症(認知機能不全症候群)
脳の老化によって昼夜のリズムが乱れ、夜中に覚醒して混乱・不安から鳴くことがあります。夜泣きの原因として最もよく知られているものです。
・ 痛みや身体的な不快感
関節炎、腫瘍などによる痛みが夜間に強くなることもあります。昼間は動いて紛らわせていた不快感が、じっとしている夜に表面化することもあります。
・ 視覚・聴覚の低下による不安
高齢になると視力や聴力は衰えます。暗い夜間は特に外からの情報が少なくなるため、不安感や恐怖心が強くなってしまい鳴くことがあります。
・ 不安・ストレス
飼い主さんと離れることへの不安(分離不安)や、環境の変化による不安やストレスが原因になることもあります。
・ 空腹・トイレの訴え
単純に空腹だったり、排泄したいのに動けなかったりして鳴いていることもあります。特に寝たきりに近い状態だと気づきにくいことがあります。
まず確認してほしいこと
とても難しいことではありますが、夜泣きへの対応を考える前に、「なぜ鳴いているのか」をできる限り把握することが大切です。それによって対応が変わるからです。
たとえば、痛みが原因なら痛み止めが必要ですし、認知症なら環境の工夫や投薬が必要になります。もし内科疾患が隠れているなら、その治療を考える必要がでてきます。「夜泣きだから仕方ない」と受け流さず、かかりつけの先生でも自分でもまず一度相談してみてください。
受診の際には、いつごろから始まったか、どんな状況で鳴くことが多いか、昼間の様子はどうかといった情報をメモしておくと、原因の特定に役立つことがあります。
実際の診察から
実例① 15歳・ポメラニアン・男の子
飼い主さんが寝る準備をして電気を消す夜11時ごろになると、そわそわしだし、30分ほどすると小さく鳴きはじめる。近くに行ってなだめると落ち着くが、そばを離れるとまた鳴く——そのくり返しが続いているとのことで、往診にお伺いしました。
お話をお聞きする中でわかったのは、この子は白内障によって視力が低下しており、聴覚や嗅覚もおそらく衰えていたということです。暗くなることで外からの情報が少なくなり、飼い主さんの気配も感じられなくなる。その不安から鳴いている可能性が高いと判断しました。
対応としては、まず間接照明を使って完全に暗くしないようにしてもらいました。それでも鳴いてしまうときのために、不安感を和らげる内服薬も処方しました。その後は以前よりは落ち着いて眠れるようになり、鳴く回数はゼロではないが減っているとのことでした。
実例② 16歳・MIX犬
その家庭では高齢の犬を2頭飼っており、もう1頭が寝たきりの状況で、夜鳴きをするたびにこの子も一緒に鳴いてしまうとのことでした。ご家族は、鳴くたびに外へ連れ出したり、排泄の補助をしたり、ごはんをあげたり、考えられるできることをすべてされていました。しかし、その対応が毎晩続き、体力的にも限界が来ていました。
往診でお話を聞きながら、今のご家族の状況も含めて考え、不安感を和らげる薬と、眠りをサポートする薬を組み合わせて使うことにしました。夜泣きの問題は、その子だけの問題ではありません。介護をするご家族が倒れてしまっては、その子のケアも続けられないのです。薬に頼ることに違和感や罪悪感がある方もいると思いますが、お互いのために使わないといけないときもあります。
夜泣きへの対応——試してほしい工夫

原因に応じた医療的なアプローチと並行して、日常の環境づくりでも夜泣きを和らげられることがあります。
環境・生活の工夫
・ 夜間も薄明かりをつけておく
常夜灯やフットライトなどを使い少し明るくしておくと、暗さへの不安を軽減できることがあります。視力が落ちている子には特に有効な場合があります。
・ 寝床の場所と環境を安定させる
毎晩同じ場所で、同じ環境で眠れるようにすることで、混乱を減らせることがあります。お気に入りの毛布や飼い主さんの匂いがついた衣類をそばに置くのも効果的です。また寝床が柔らかすぎたり固すぎたりすると落ち着かないこともあります。その子に合わせたものを探してみましょう。
・ 昼間の活動量を見直す
昼間に長く寝すぎていると夜に目が覚めやすくなります。昼間に適度な運動や日光浴を取り入れ、昼夜のリズムを整えることも必要になります。ただしお互いに無理のない範囲で。
・ 夕方以降の刺激を減らす
夕方から就寝前は、興奮させるような遊びや声かけを控えめにすると、落ち着いて眠りに入りやすくなることがあります。
・ 空腹・排泄の確認
就寝前にトイレを済ませているか、空腹でないかを確認する習慣をつけましょう。
医療的なアプローチ
・ 痛みのコントロール
関節炎などによる痛みが疑われる場合は、痛み止めや関節のサプリメントで夜間の不快感を和らげることもできます。
・ 漢方薬・サプリメント
不安や興奮を穏やかに和らげる漢方や、脳をサポートするサプリメントを取り入れることがあります。体質やその子の状況に合わせて選ぶことが大切です。
・ 投薬
夜間の興奮や不安が強い場合は、獣医師と相談のうえ、鎮静作用のある薬を用いることも選択肢のひとつです。
ご近所への気がかりという問題
深夜に響く鳴き声が近隣に聞こえていないだろうか。そういった心配がさらに飼い主さんの身も心も追い詰めることがあります。
日本では住宅が密集していることも多く、集合住宅や住宅街では特にこの問題が切実です。「苦情が来たらどうしよう」「鳴くたびにひやひやする」という声は、往診先でもよく聞きます。
もし夜泣きが続いているようであれば、かかりつけの先生に相談して症状を和らげる手段を探すことが大切です。それと並行して、日ごろから近隣の方にその子の状況を伝えておくことも重要です。「高齢で、夜に鳴いてしまうことがある」と一言伝えておくだけで、いざというときの理解を得やすくなります。防音カーテンや、寝る部屋を閉め切るといった対策も、できる範囲で試してみてください。
介護するご家族自身のこと
毎晩まとまって睡眠がとれない状況が続くと、ご家族の心身にも深刻な影響が出てきます。自分を犠牲にし続けることは、長い目で見ると、その子へのケアの質にも影響してしまいます。できる範囲でご自身の睡眠を守ることを意識してほしいと思います。「自分が元気じゃないと、この子のお世話ができなくなる」と自分自身にも言い聞かせてください。
「もう限界かもしれない」と感じたときは、できれば「もう限界かもしれない」と思う一歩前に、かかりつけの先生でも当院でもいいので相談ください。その子の状況を聞きながら、その子にとって何が必要なのかはもちろんのこと、今のご家族にとっても何が必要なのかを一緒に考えましょう。
よくあるご質問
Q. 夜泣きはいつか落ち着きますか?
A. 原因によって異なります。痛みや内科疾患が原因であれば、治療によって改善することがあります。認知症が原因の場合は、完全に止まることは難しいですが、環境の工夫や投薬で頻度や強さを和らげられることもあります。まず原因を特定することが、改善への第一歩です。
Q. 鳴いているとき、そばにいてあげた方がいいですか?
A. そばにいることで落ち着く子もいますが、声をかけるたびに「鳴けばかまってもらえる」と学習してしまう子もいます。まずそっとそばに寄り添い、落ち着いたら離れる、というやり方がいいかと思います。認知症が進んでいる場合は、飼い主さんがそばにいることで安心できることが多いので、様子を見ながら対応してあげてください。
Q. 昼間は普通なのに、夜だけ鳴きます。なぜですか?
A. 高齢犬の夜泣きは、昼間は問題なく過ごせていても夜だけ現れることがよくあります。視力や聴力の低下によって暗い夜間に不安が強まる、昼間は動くことで紛れていた痛みが夜に表面化する、認知症の影響で昼夜のリズムが乱れる——といった理由が考えられます。「昼間は元気だから大丈夫」とは言い切れないため、夜間の様子を記録しておき、かかりつけの先生か当院へ相談することをおすすめします。
Q. 夜泣きは、その子が苦しんでいるサインですか?
A. 必ずしもそうとは言い切れませんが、痛みや不安、身体的な不快感が原因の場合は、その子なりのSOSである可能性があります。一方、認知症による混乱から鳴いているケースでは、本人に「苦しい」という自覚がないことも多いです。いずれにしても、夜泣きは何かのサインです。「うるさい」と感じてしまう瞬間があっても、その子を責めないでください。原因を探して対処することが、その子にとっても、ご家族にとっても助けになると思います。
Q. 夜泣きがひどくて、もう限界です。どうすればいいですか?
A. 介護は体も心もとても疲れます。「もう限界かもしれない」と感じたら、できれば「もう限界かもしれない」と思う一歩前に、ひとりで抱え込まずに相談することが大切です。今の状況を整理しながら、その子にとって何が一番大切かはもちろんのこと、ご家族にとって何が一番の助けになるかを一緒に考えましょう。あなたが元気じゃないと、その子のケアも続けられません。まずご自身が今の状況をひとりで抱えなくていいということを知ってほしいと思います。往診でも、こうした状況のご相談をよく受けています。医療的なアプローチで夜泣きを和らげられる可能性もありますので、限界が来る前にご相談ください。
よつば動物病院では、高齢犬の夜泣きや介護のご相談を往診の場でお聞きしています。「夜がつらい」と感じているご家族は、ひとりで抱え込まずにぜひご連絡ください。
WRITER 武波 直樹
よつば動物病院 / 院長
山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属
















