• 猫の腎臓病の「余命」とどう向き合うか

    猫の腎臓病の初期症状、原因、治療、薬、食事についてお話ししてきましたが、実はこの質問を一番多く聞かれます。

    「うちの子は、あとどれくらい一緒にいられますか」

    今日は、この難しい問いについて、自分なりに答えたいと思います。

    目安となる数字は、確かにあります


    慢性腎臓病の予後について、IRISのステージごとの生存期間を調べた研究があります。

    よく参照される研究では、IRISステージIIbで中央値約1,151日(およそ3年)、ステージIIIで約778日(2年強)、ステージIVで約103日(数か月)という報告があります。

    数字を示すことに、正直ためらいもありますが、目安を知りたいと思うのは自然な気持ちだと思いますし、知らないまま不安だけが膨らんでしまうよりはと思い、ここに記載しました。

    ただし、この数字は「その子」を表していません


    ここが一番お伝えしたいことなのですが、この数字はあくまで過去の統計上の中央値であって、その子がどうなるかを予言するものではまったくありません。

    同じステージ3と診断された猫でも、半年で状態が大きく変わる子もいれば、中には5年以上安定して過ごす子もいます。

    差を生むのは、診断された時点の年齢、持病の有無、治療への反応、そして何より「どれだけ早く見つけられたか」です。

    こちらのコラムでお話しした早期発見が、この数字を良い方向に動かす一番の力になります。

    また、これらのデータは決して新しいものではありません。

    この数年で、「薬について」のコラムでお話ししたダルベポエチンによる貧血治療や、「原因について」「治療について」のコラムで触れているAIM関連の研究など、当時にはなかった治療の選択肢が増えてきています。

    当時より治療の選択肢が広がってきていることを考えると、過去の統計をそのまま今のすべての猫に当てはめるには慎重であるべきだと考えています。

    「あと何年か」より「どう過ごすか」


    僕は診療の中で、余命の数字そのものより、「残された時間をどう過ごすか」の方がずっと大事だと感じていますし、実際にそう話をします。

    同じ1年でも、通院や投薬に追われてご家族もその子もくたくたになってしまう1年と、無理のない範囲で治療をしながら、穏やかに、いつもの日常を積み重ねる1年とでは、まったく違う時間になります。

    当院が「支える動物医療」を掲げているのも、まさにこの部分に理由があります。

    数値や検査結果はもちろん大切な判断材料ですが、それ以上に、その子らしく過ごせているかどうかを、大切にしたいと思っています。

    治療方針に、唯一の正解はありません


    積極的な治療で少しでも長く一緒にいたいと考えるご家族もいれば、その子の負担を最優先して、できるだけ穏やかな時間を選びたいと考えるご家族もいます。

    どちらも間違いではありませんし、どちらか一方が「正しい選択」ということもありません。

    周りから「もっと頑張らせてあげて」「かわいそうだからもう十分」など、いろいろな声が聞こえてくることもあると思います。

    ですが、その子のことを一番近くで見て、一番考えているのはご家族です。

    他人の物差しに気持ちや心が揺れそうになったときこそ、その子とご家族にとっての「納得できる形」を、ご家族とともに一緒に考えていきたいと考えています。

    シリーズを終えるにあたって


    全6回にわたって、猫の腎臓病についてお話ししてきました。

    気づきにくい病気だからこそ、正しく知っておくことが、その子との時間を守る力になると信じています。

    もし今、腎臓病と診断されて不安な気持ちでいるなら、一人で抱え込まないでください。

    数字に一喜一憂するよりも、目の前のその子と、今日一日を快適に過ごすためにどう過ごしたらいいかを考えてください。

    そして、わからないことや不安なことがあれば、ご相談ください。

    寄り添い共に考えていくことが往診専門の獣医師の役割だと自分は考えています。

    よくあるご質問


    Q1. ステージ3と言われました。統計上の余命はどのくらいですか?

    A. よく参照される研究では中央値でおよそ2年前後という報告がありますが、これはあくまで過去のデータの真ん中の値です。

    実際にはこれより短い子も長い子もいて、個体差がとても大きいのが実情です。

    数字は目安として持ちつつ、その子自身の経過を見ながら一緒に考えていきましょう。


    Q2. 積極的な治療をした方が長生きできますか?

    A. 一般的には、早期からの食事療法や投薬を続けた方が進行を緩やかにできる傾向はあります。

    ただし、その子にとって過度な負担になる治療は、かえって生活の質を下げてしまうこともあります。

    「長さ」だけでなく「その時間の質」も含めて、治療方針を一緒に考えていくことが大切です。


    Q3. 余命が短いと言われたら、何を優先して考えればいいですか?

    A. 決まった正解はありませんが、「その子が今、苦痛なく過ごせているか」を軸に考えてほしいです。

    治療の負担と得られる時間のバランスについて、遠慮なく獣医師に相談してください。

    終末期のケアや意思決定については、当院の別のコラムでもより詳しくお話ししていますので、あわせてご覧いただければと思います。


    この記事は「猫の腎臓病」シリーズ(全6回)の最終回です。以下もあわせてご覧ください。

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WRITER 武波 直樹

よつば動物病院 / 院長

山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属