• 猫の腎臓病治療で目指すこと

    今回は、実際に慢性腎臓病と診断されたとき、どのような治療を組み立てていくのかについてお伝えします。

    最初にお伝えしておきたいのは、慢性腎臓病の治療は「治す」ためのものではなく、「進行を遅らせ、その子の生活の質を守る」ためのものだということです。

    一度線維化してしまった腎臓の組織は、残念ながら元には戻りません。

    なので治療のゴール設定を、ご家族と最初にすり合わせておくことが重要だと考えています。

    治療は「一本の薬」では成り立ちません

    慢性腎臓病の治療は、いくつかのアプローチを組み合わせる、いわば総力戦です。

    自分は診療のとき、次の5つの柱で考えるようにしています。

    ・ 食事管理:リン・タンパク質・ナトリウムを調整した療法食への切り替え

    ・ 水分管理:脱水を防ぐための飲水環境の整備や、必要に応じた皮下点滴

    ・ 血圧・タンパク尿の管理:ACE阻害薬(フォルテコールなど)やARB(セミントラなど)

    ・ 進行抑制:ラプロス(ベラプロストナトリウム)などによる腎血流・線維化へのアプローチ

    ・ 随伴症状のケア:貧血、嘔吐、食欲不振など、進行に伴って現れる症状への対処

    これらをその子のステージや体調に合わせて組み合わせていくのが、慢性腎臓病治療の基本になります。

    ステージによって、やることは変わります

    国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)のステージ分類に沿って、治療の重点は変化していきます。

    比較的早期のステージ1〜2では、療法食への切り替えと、血圧・タンパク尿のチェックが中心になります。

    この段階で治療を始められるかどうかが、その後の経過を大きく左右すると言われています。

    ステージ3に進むと、リンの管理がより厳密になり、血中リン値が食事療法だけで目標値(ステージ3ではおおよそ5.0mg/dL未満が一つの目安とされています)に届かない場合は、リン吸着剤を食事に混ぜて併用します。

    また、この頃から貧血や食欲不振が表面化してくることも多く、その子の状態を見ながら対症療法を追加していきます。

    ステージ4になると、脱水や食欲不振、体重減少がより顕著になり、静脈点滴による入院治療が必要になることもあります。

    ここまで来ると、治療の目的は「進行を止めること」よりも、「その日その日を、できるだけ穏やかに過ごしてもらうこと」に重心が移っていきます。

    貧血や食欲不振にも、対処法があります

    慢性腎臓病が進むと、腎臓で作られるはずのホルモン(エリスロポエチン)が不足し、貧血が起こることがあります。

    近年は「ダルベポエチン」という薬剤を使うことで、貧血の改善が期待できるようになってきました。

    臨床研究では、慢性腎臓病の猫にダルベポエチンを投与したケースの半数前後で貧血の改善がみられたという報告があり、以前よく使われていた薬剤に比べて重い副作用(赤芽球癆など)の頻度が低いとされています。

    ただし、高血圧や神経症状などの副作用リスクが完全になくなるわけではないため、慎重なモニタリングが必要です。

    食欲不振に対しては、ミルタザピンという薬を使うことがあります。

    もともとは人の薬ですが、猫の食欲を引き出す効果が確認されており、療法食を食べてもらうための後押しとして使われることが増えています。

    猫での有効性や安全性についても徐々にデータが蓄積されてきており、適切な用量・間隔に調整しながら使うことが大切です。嘔吐に対してはマロピタントという吐き気止めを併用することもあります。

    AIMという、もう一つの選択肢が近づいています

    前回のコラムでも触れましたが、猫特有の「AIM」というタンパク質の働きを補う新しい薬剤の開発が、実用化に向けて大きく前進しています。

    2026年4月に農林水産省へ承認申請が行われており、報道ベースでは「年内にも治療の選択肢の一つに加わる可能性がある」とされています。

    ただし、最終的な承認時期や使い方の詳細は、今後の審査や追加データによって変わる可能性があります。

    この薬は、既存の食事療法や投薬治療に置き換わるものではなく、組み合わせて使うことになる見込みです。

    「治療の5本目、6本目の柱が増える」というイメージに近いかもしれません。

    実用化されたときに、その子にとって本当に必要な治療かどうかを判断できるよう、今のうちから治療の全体像を知っておくことは決して無駄にはならないはずです。

    治療方針は、ご家族と一緒に決めるものです

    慢性腎臓病の治療には、正解が一つだけあるわけではありません。

    積極的な治療でできる限り進行を抑える方針もあれば、その子の負担を最小限にしながら穏やかに過ごしてもらう方針もあります。

    どちらが正しいということはありません。どちらも正解です。

    僕の役割は、選択肢とその根拠をきちんとお伝えした上で、その子とご家族にとって一番納得できる形を一緒に探すことだと考えています。

    治療を始めた後も、その子の状態やご家族の気持ちの変化に合わせて、柔軟に見直していく。

    それが自分が目指していきたい『支える動物医療』としての治療のあり方だと考えています。

    よくあるご質問

    Q1. 皮下点滴は毎日した方がいいのでしょうか?

    A. 必ずしもそうとは限りません。脱水の程度やステージによって必要な頻度は異なり、過剰な点滴はかえって体に負担をかけることもあります。

    一般的には週1〜数回程度を目安に、その子の状態を見ながら調整することが多いです。

    自己判断で頻度を増減せず、必ず獣医師と相談しながら進めてください。


    Q2. 薬の種類が多くて、飲ませるのが大変です。減らすことはできますか?

    A. お気持ちはよくわかります。ただ、それぞれの薬には血圧管理、貧血改善、食欲維持など明確な役割があります。

    どうしても投薬が難しい場合は、自己判断で中止せず、まずは剤形の変更や投薬の工夫について相談してください。

    状況によっては中止を検討することもありますが、それも獣医師と相談の上で判断していきましょう。


    Q3. AIMの薬が実用化されたら、今の治療はやめてもいいですか?

    A. いいえ、やめないでください。AIMの薬は進行を抑えることを目的とした薬であり、食事療法や既存の投薬治療に代わるものではありません。

    実用化後も、これまでの治療と組み合わせて使うことになる見込みです。


院長の写真

WRITER 武波 直樹

よつば動物病院 / 院長

山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属