• 猫の腎臓病 〜実は気づきにくい「初期症状」について〜

    往診にお伺いすると、よく言われる言葉があります。

    「うちの子、元気だったのに…」

    腎臓病、特に慢性腎臓病というのは、まさにこの言葉がそのまま当てはまってしまうような病気だと思っています。

    今回は猫の腎臓病がどれほど静かに進行するのか、どこをどう気にしたらいいのか、飼い主さんが日常の中で気づける小さなサインについて、僕の考えをお伝えしたいと思います。

    なぜ「気づいたときには進行している」のか

    猫の腎臓には、もともと大きな予備能力が備わっています。

    片方の腎臓が半分近くダメージを受けていても、残りの腎臓が機能を補ってしまうため、検査数値にも症状にもなかなか現れません。

    一般的には、腎臓の機能がかなり落ちてから、ようやく血液検査で異常が分かるとされています(おおよそ7割程度という報告もあります)。

    つまり、僕たちが「あ、腎臓が悪いかもしれない」と気づくころには、もう病気はかなり進んでしまっているのです。

    また、猫はもともと体調不良を隠すのが上手な動物です。

    野生では弱っている姿を見せることが命取りになるからだと自分は思っていますが、この習性が腎臓病の発見をさらに難しくしています。

    ご家族が気づける数少ない初期サインは「多飲多尿」

    数少ない初期症状の中で、僕が飼い主さんに一番意識してほしいのが「多飲多尿」です。

    水を飲む量が増える。おしっこの量が増える。おしっこの色が薄くなる。

    腎臓は本来、体に必要な水分を再吸収しながら老廃物だけを尿として排出する臓器です。

    この機能が落ちると、水分をうまく再吸収できなくなり、必要以上に薄い尿がたくさん出るようになります。

    体はその分を補おうとして、水をたくさん飲むようになるのです。

    ここで大切なのは、「よく水を飲む子だな」で終わらせないことです。

    トイレの掃除のときに、いつもよりおしっこの量が多い、色が薄いと感じたら、それはもう体からのサインかもしれません。

    見逃されやすい、その他の変化

    多飲多尿ほどはっきりしませんが、注意しておきたい変化もあります。

    ・ 毛づやが落ちて、パサついた印象になる

    ・ 触ったときに背骨や肋骨が目立つようになってきた

    ・ なんとなく食が細くなった、食べムラが増えた

    ・ 以前より活発さがなく、寝ている時間が長い

    ・ 何となく口臭が強くなった気がする

    これらは「年のせいかな」で片づけられがちな変化です。

    実際、加齢による自然な変化との区別は、自分たちにとっても簡単ではありません。

    だからこそ、普段からその子をよく見ているご家族の「なんとなくいつもと違う」という感覚が、実はとても価値のある情報になるのです。

    往診だからこそ気づけることがある

    僕は往診という形で診療をしていますが、ご自宅にお伺いすると、病院の診察室では見えてこない情報がたくさん見えてきます。

    例えば普段のトイレの様子やチャンスがあれば排泄のやり方など、水の飲み方や水飲み場の位置、食事の食べ方などです。

    ご家族が「そういえば」と話してくださる小さな変化の中に、初期の腎臓病を疑うヒントが隠れていることは、決して珍しくありません。

    早期発見のためにできることは、実はそれほど難しくありません。

    7歳を過ぎたら、症状がなくても定期的に血液検査と尿検査、場合によっては血圧測定を受けることです。

    血液検査だけでは初期の変化を捉えきれないことがあるので、それに加えて尿検査による尿比重の確認、尿タンパクの測定、血圧測定も重要になってきます。

    国際的なガイドライン(IRIS)でも、血液検査・尿検査・血圧測定などを組み合わせて、慢性腎臓病のステージを判断することが推奨されています。

    そして、日々の飲水量やトイレの様子に、ほんの少し意識を向けること。

    この二つだけで、発見のタイミングは大きく変わってきます。

    慢性腎臓病は、残念ながら完治する病気ではありません。

    だからこそ、少しでも早く見つけて、少しでも早く向き合い始めることに意味があります。

    それは、その子により長く、より穏やかな時間を過ごしてもらうための、最初の一歩なのです。

    よくあるご質問

    Q1. うちの子はまだ症状が何もありませんが、それでも検査は必要ですか?

    A. はい、むしろ症状がないうちの検査こそ意味があります。

    慢性腎臓病は腎機能の7割ほどが失われてから数値に異常が出る病気なので、「症状がない=大丈夫」とは限りません。

    7歳を過ぎたら、元気なうちから年に1〜2回、血液検査と尿検査を受けることをおすすめしています。


    Q2. 最近よく水を飲むようになった気がします。すぐに腎臓病を疑うべきですか?

    A. 多飲多尿は腎臓病の代表的なサインですが、それだけで決めつけることはできません。

    糖尿病や甲状腺機能亢進症など、他の病気でも同じ症状が出ることがあります。

    大事なのは自己判断せず、「いつもより飲む量が増えた」と気づいた時点で一度検査を受けていただくことです。


    Q3. 血液検査で「腎臓の数値は正常です」と言われました。もう安心してよいですか?

    A. 数値が正常でも、慢性腎臓病の可能性がゼロになるわけではありません。

    血液検査だけでは初期の変化を捉えきれないことがあり、尿比重の低下が先に出ることもあります。

    特に高齢の猫では、血液検査に加えて尿検査を組み合わせることで、より早い段階での発見につながります。


院長の写真

WRITER 武波 直樹

よつば動物病院 / 院長

山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属