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高齢犬の認知症
——気づいてあげたいサインと、日々のケア「最近、名前を呼んでも振り向かなくなった」「夜中に急に起き出して、部屋をぐるぐると歩き回る」「トイレの場所を忘れてしまったみたい」——。
こういった変化に気づいたとき、「歳のせいかな」と思って見過ごしてしまうことがあります。でも、それは犬の認知症のサインかもしれません。
今回は、犬の認知症について、症状の特徴から日常ケアのポイントまでを書きたいと思います。
犬の認知症とはどんな病気か
犬の認知症は、正式には「認知機能不全症候群(Cognitive Dysfunction Syndrome)」と呼ばれます。加齢に伴って脳の神経細胞がダメージを受けたり機能が低下したりすることで、記憶力や学習能力の低下、行動の変化などが現れる病気です。人間のアルツハイマー病に近いものだと考えられています。
症状は早い子では10歳ごろから現れ始め、12〜13歳ごろから急増すると言われています。大型犬は加齢のスピードが小型犬より早い傾向があります。
「歳をとればこんなもの」と思われがちですが、認知症は老化そのものではなく、適切なケアや治療によって進行を遅らせたり、症状を和らげたりすることができる病気ですので、早めに気づいてあげることが大切です。
こんなサインに気づいたら

犬の認知症には、いくつかの代表的なサインがあります。すべてが当てはまるわけではありませんが、以下のような変化が続く場合は注意が必要です。
認知症の主なサイン
・ 名前を呼んでも反応しなくなった、もしくは反応が鈍くなった
加齢による聴力の低下(老齢性難聴)が原因のこともあります。「聞こえていないのか、わかっていないのか」を見極めることが大切です。
・ 家の中で迷子になることがある
白内障や網膜の老化など、視力の低下が影響していることもあります。見えにくくなることで、慣れた空間でも戸惑うようになることがあります。
・ トイレの失敗が増えた
認知症による「場所を忘れる」だけでなく、膀胱炎などの泌尿器疾患、未去勢の男の子であれば前立腺の問題、未避妊の女の子であれば子宮疾患が原因のこともあります。また加齢により尿を我慢する力が弱まることも考えられます。排泄の変化は幅広い原因が考えられるため、一概に認知症とは言い切れない症状です。
・ ぼんやりしていることが多くなった・夜中に起き出して動き回る・鳴く
認知症の典型的なサインですが、脳腫瘍やてんかん(焦点性発作など)の一種として似た症状が出ることもあります。突然始まった、あるいは急に悪化したという場合は特に注意が必要です。
・ 飼い主への過度な依存、または無関心
視覚や聴覚など感覚器の機能が低下することで、外からの情報が入りにくくなり、不安感や恐怖心が強まることがあります。「急に怖がりになった」「影に過剰に反応する」といった変化もそのサインのこともあります。
・ 食欲・飲水量の変化
食べたことを忘れて何度も要求する、あるいは全く食べなくなることがあります。ただし、食欲や飲水量の変化は腎臓病・糖尿病・甲状腺疾患・腫瘍など多くの病気でも現れるため、認知症だけの問題とは限りません。
似た症状が出る別の病気にも注意を
上記のサインの多くは、認知症以外の病気でも現れることがあります。「認知症かな」と思う前に、まず他の原因を除外することが大切です。
たとえば、名前への無反応は老齢性難聴、迷子になる行動は白内障や網膜疾患による視力低下、トイレの失敗は膀胱炎・前立腺疾患・子宮疾患・尿失禁、ぼんやりや夜間の異常行動は脳腫瘍やてんかん発作、食欲・飲水の変化は腎臓病・糖尿病・甲状腺疾患が原因のこともあります。
こうした病気は、それぞれ適切な治療があります。「年齢のせいだろう」「認知症だから仕方ない」と決めつけずに、気になる変化があれば早めに受診することをおすすめします。往診でも、症状の背景にある原因を一緒に整理することができます。
診断はどうやってするのか
認知症を診断するための特別な検査はありません。甲状腺機能低下症や脳腫瘍など、似た症状が出る別の病気を除外したうえで、行動の変化をもとに診断します。
「うちの子は認知症なのかな」と感じたら、いつごろから、どんな症状が出ているかをメモしておくことや動画をとることも有効な手段で、診察の際にとても役に立ちます。
実際の診察から——「認知症かも」で終わらせないために
実例① 13歳・柴犬・男の子
おしっこの失敗が増え、食欲も異常に旺盛になったとのことで「認知症かもしれない」との連絡をいただき、往診にお伺いしました。実際に診察したところ、認知機能はしっかりしているように見えたため、飼い主さんと話をして血液検査を実施しました。
結果、ホルモンの異常が疑われたため後日詳しく検査を行ったところ、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)と診断されました。治療を開始したところ、当初あった症状は改善していきました。排泄の失敗や食欲の変化は、認知症ではなくてホルモンの病気が原因でした。
実例② 14歳・大型MIX犬
「年齢的なものだと思うが元気がなく、あまり食べない」とのことで往診にお伺いしました。診察では軽度の認知機能の低下が見られましたが、血液検査を行ったところ甲状腺機能低下症と診断されました。
元気のなさや食欲低下は甲状腺ホルモンの不足が主な原因と考えられ、内服薬による治療を開始しました。認知機能の低下は確かにありましたが、「すべて認知症のせい」ではなく、ほかの病気も影響していました。
実例③ 16歳・トイプードル・女の子
狂犬病予防接種でお伺いした際に、深夜の徘徊や食事のムラが続いているとの話をお聞きしました。念のために各種検査を実施しましたが、検査上は大きな異常は見当たりませんでした。
症状の経過と行動の変化を総合的に判断した結果、最終的に認知症との診断に至りました。この子のように、検査で異常が見つからない場合に初めて認知症が強く疑われることもあります。「検査で何も出なかった=問題なし」ではなく、行動の変化をしっかり記録して伝えることが、診断の大きな助けになります。
日々のケアでできること

認知症そのものを完全に治す方法は現時点ではありませんが、進行を遅らせたり、その子が穏やかに過ごせるよう助けたりすることはできます。
環境の工夫
・ 生活環境をなるべく変えない——家具の配置や生活リズムを一定に保つことで、混乱を減らせます。
・ 段差をなくす・滑り止めを敷く——認知症が進むと足腰のコントロールも鈍くなります。転倒予防のための環境整備を。
・ 夜間は薄明かりをつけておく——暗さへの不安を和らげ、夜間の混乱を軽減できることがあります。
・ 適度な運動と日光浴——昼間に体を動かし、日光を浴びることで体内時計が整いやすくなります。
医療的なアプローチ
・ サプリメント——SAMe(S-アデノシルメチオニン)、オメガ3脂肪酸、DHA、EPAなど、脳の健康をサポートするとされるものを取り入れることがあります。
・ 漢方薬——その子の体質や症状に合わせた漢方を使うことで、不安や興奮を和らげられることもあります。
・ 食事の見直し——抗酸化成分を含むシニア用フードへの切り替えも、脳のケアに役立つことがあります。
「その子らしさ」を大切に
認知症になっても、その子はその子です。名前を呼んだときにわずかに耳を動かす、ふとそばに寄ってきて体を預けてくる——そういった瞬間は、どんなに症状が進んでも、残っていることがあります。
年齢による変化に気持ちが落ち込むこともありますが、「今日、この子が穏やかに過ごせたか」を軸に考えると、日々のケアに対する気持ちが少し楽になると思います。
よくあるご質問
Q. 認知症は予防できますか?
A. 完全に予防する方法は現時点では確立されていませんが、脳への適度な刺激が発症を遅らせる可能性があると言われています。毎日の散歩や軽い運動、飼い主さんとのコミュニケーション、抗酸化成分を含む食事などが有効とされています。「何もできない」ということはなく、日々の積み重ねが大切ですし、その子のために何かしてあげるという姿勢が大切です。
Q. 認知症と診断されたら、どんな治療がありますか?
A. 残念ながら認知症そのものを完治させる治療はありませんが、症状の進行を遅らせたり、不安や興奮を和らげたりするための選択肢はあります。サプリメント(SAMeやオメガ3脂肪酸やDHAやEPAなど)、漢方薬、必要に応じた投薬のほか、生活環境の整備も重要なケアのひとつです。その子の状態に合わせて、一緒に考えていきましょう。
Q. どのタイミングで往診に相談すればいいですか?
A. 「最近様子が変わった気がする」という段階でも、早めに相談する方がいいと思います。特に、症状が突然始まった・急に悪化した・夜間の鳴きや徘徊で家族が眠れない状態が続いている、といった場合はかかりつけの先生でも当院でも早めに相談する方がいいと思います。往診では、ご自宅での様子を直接見ながら状況を整理することができます。
Q. 認知症の介護でつらくなったとき、どうすればいいですか?
A. 介護は体も心もとても疲れます。「もう限界かもしれない」と感じたら、できれば「もう限界かもしれない」と思う一歩前に、ひとりで抱え込まずに相談することが大切です。今の状況を整理しながら、その子にとって何が一番大切かはもちろんのこと、ご家族にとって何が一番の助けになるかを一緒に考えましょう。あなたが倒れてしまっては、その子のケアも続けられません。
よつば動物病院では、認知症が疑われる犬のご相談も、往診の場でお聞きしています。「最近様子が変わった気がする」という段階でも、ぜひお気軽にご連絡ください。
WRITER 武波 直樹
よつば動物病院 / 院長
山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属
















