• 動物治療に「正解」はない。 周りの声に揺れたときに思い出してほしいこと。

    その子の治療に「正解」はない

    ──外野の声に惑わされず、自分の選択を信じてほしい

    その子の治療について考えるとき、飼い主さんが直面する選択は、時にとても厳しいものになります。

    どこまで治療を続けるのか。どこで区切りをつけるのか。延命を選ぶのか、それとも緩和ケアを優先するのか。

    こうした決断の場面で、多くの飼い主さんがこう言います。

    「できることはしてあげたい」

    「でも、この子に無理はさせたくない」

    その葛藤はごく自然なもので、それだけ真剣にその子と向き合っている証拠だと思います。

    ただ、動物の治療において忘れてはいけないことがあります。

    それは、治療の選択に“唯一の正解”は存在しないということです。

    なぜなら、治療の選択には、それぞれの家庭の事情が深く関わっているからです。

    まず大切なのは、「その子がどんな性格で、どんな時間を幸せだと感じるか」ということ。

    そして、介護にかけられる時間や体力、通院できる距離や環境、経済的な状況なども含めて、選べる治療はご家庭ごとに変わってきます。

    その子の人生をどう支えるかは、数値やデータだけでは決められません。

    人の医療と同じように、動物医療でも「どう生きるか」という部分は、飼い主さんの価値観と、その子らしさによって形が変わるものです。

    外野の声が、飼い主を追い詰める

    にもかかわらず、SNSや周囲の人たちは、事情を知らないまま簡単に口を挟んできます。

    「もっと治療できたはずでは?」

    「なぜ手術しなかったの?」

    「うちなら抗がん剤をやったのに」

    「病院を変えるべきだった」

    こうした言葉は、言った側に悪意がないことも多いと思います。

    「自分ならこうする」という意見を言っているだけなのかもしれません。

    ですが、治療の選択で悩み抜いている飼い主さんにとって、それはとても残酷な言葉になります。

    ただでさえ不安で、迷い、眠れない日が続いている。そんな状況の中で「もっとできたはず」と言われると、自分の選択が否定されたように感じてしまいます。

    そして、その子が亡くなった後、その言葉が心に残り続けることがあります。

    「あの時、別の治療をしていたらもっと長生きできたのではないか」

    「自分の選択が間違っていたのではないか」

    こうして飼い主さんは自信を失い、自分を責めてしまいます。

    本来なら、その子との日々を振り返り、感謝と共に前を向いていくべき時間が、後悔と自責の念に支配されてしまうのです。

    獣医師である僕も、同じ後悔を抱えた

    僕自身も、自分の飼っていた猫の治療で、後から迷ったことがありました。

    「あの時、もっと強い抗がん剤治療を選んでいた方がよかったのではないか」と考えたことがありました。

    獣医師として治療に関わってきた経験があっても、いざ自分の子のことになると、心は揺れます。

    「本当にこれでよかったのか」と考えてしまうのです。

    けれど、時間をかけて振り返ると見えてきたことがあります。

    その子が嫌がる治療を無理に続けることは、結果的にその子の苦しみを増やしてしまう可能性もあること。

    そして、治療を続けることが、必ずしもその子の幸せにつながるとは限らないということ。

    そのことに、改めて気づかされました。

    僕は獣医師という立場だから、こうして一度立ち止まって考えることができました。

    しかし、多くの飼い主さんはそうではありません。

    専門知識がない分、「自分が悪かった」と自分を責める方向に心が向いてしまうのだと思います。

    だからこそ、ここではっきり伝えたいのです。

    その子のことを一番知っているのは、毎日一緒に過ごしてきた飼い主さんです。

    そして、飼い主さんが悩み抜いて選んだ決断こそが、その子とそのご家族にとっての最善なのだと、僕は思います。

    治療には必ず、メリットとデメリットがある

    放射線治療、抗がん剤、手術、入院治療。

    これらを選べば「延命できたかもしれない」という希望が生まれます。

    一方で、通院や入院によるストレス、痛み、副作用、体力の消耗、そして「その子らしさ」を失ってしまうリスクも伴います。

    たとえば、病院が苦手な子にとっては、治療のための通院そのものが大きな負担になります。

    また、入院によって家族と離れる時間が長くなり、それがその子にとって不安や孤独につながることもあります。

    逆に、家で過ごす時間を優先すれば、「もっと治療をしていれば」という後悔が残るかもしれません。

    つまり、どちらを選んでも、後悔がゼロになることはありません。

    だからこそ、「長く生きること」だけが正義ではなく、
    「家で穏やかに過ごす時間」を選ぶことも、十分に尊い選択だと思います。

    僕自身も、もし自分の子が最後の時間を迎えるなら、入院ではなく家で看取りたいと思っています。

    その子が一番落ち着ける場所で、抱きしめて最期を見送る。

    それが僕にとっての「その子らしさ」だからです。

    何が正解かは、誰にも分からない

    獣医師である僕ですら、「これでよかったのか」と悩みます。

    ですから、飼い主さんがSNSや他人の言葉で心が揺れてしまうのは当然のことです。

    それでも最後には、こう言い切るくらいでいいのだと思います。

    「うるせえ。これがこの子にとって一番なんだ」

    他人の声に振り回されるより、自分の選択を守ってあげてください。

    SNSや外野の声は、あくまで他人の価値観に過ぎません。

    その人たちは、その子の性格も、その子の毎日の生活も、あなたの家庭の事情も知りません。

    ましてや、あなたがどれほど悩み、考え、決断したかなど分かるはずがありません。

    治療の選択は、外野の正義のためにあるのではありません。

    その子と、その家族の人生のためにあるのです。

    自分の選択を信じて、前を向いてほしい

    もしあなたが今、周囲の声に悩んでいるなら、どうか自分を責めないでください。

    あなたが悩み抜いて選んだ道は、決して間違いではありません。

    その選択には、その子への深い愛情と、家族としての責任が込められています。

    そしてその子もきっと分かっています。

    あなたがどれだけ自分のことを思って決断してくれたのかを。

    あなたがその子のために悩んだ時間は、決して無駄ではありません。

    その時間そのものが、愛情だったのだと思います。

    外野の声に惑わされず、自信を持ってください。

    あなたの選択は、その子にとっての最善であり、あなたとその子にしか辿り着けない答えです。

    治療の選択に悩んだとき、誰かに話を聞いてほしいときは、いつでもご相談ください。

    あなたとその子らしい選択を、一緒に考えていきましょう。

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WRITER 武波 直樹

よつば動物病院 / 院長

山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属