• 安楽死という選択肢と向き合うために
    〜その子の最期に寄り添うということ〜

    その子の苦しみとどう向き合うか

    日々多くの動物たちと接する中で、どうしても治すことができない病気や、苦痛を取り除けない状況に直面することがあります。

    そんな時、僕が最も大切にしているのは、「その子にとって最善の選択は何か」ということです。

    「安楽死」という言葉を聞くだけで、多くの方が心を痛め、複雑な感情を抱かれると思います。

    しかし、愛するその子の苦痛を和らげ、尊厳ある最期を迎えさせてあげたいという想いから、この選択肢について真剣に考える時が来ることもあります。

    今回は、安楽死という選択肢について、僕の考えや当院の方針、そしてご家族が知っておくべき大切なことについてお話しさせていただきたいと思います。

    安楽死とは何か

    安楽死とは、回復の見込みがなく、苦痛や不快感から動物を解放するために、獣医師の手によってその命を穏やかに終える医療行為です。

    決して「命を諦める」ためのものではなく、「苦しみから救う」ための手段として、どうしても必要な場合に限って検討されるものです。

    動物たちは、どんな時でも精一杯に生きようとします。

    病気になっても、体が弱っても、飼い主さんのそばにいようとします。

    だからこそ、その命を終えるという選択は、ご家族にとって非常につらく、重い決断になります。

    僕は、その思いに深く寄り添いながら、安易な選択ではなく、深く考え抜かれた結果として安楽死を提案・実施すべきだと考えています。

    よつば動物病院の安楽死に対する基本方針

    僕は、安楽死を選択する際に以下の3つの条件を設けています。

    これらの条件は、安易に安楽死を選択することを防ぎ、動物の命と尊厳を最大限に尊重するためのものだと考えています。

    1. 完治しない病気であること

    現在の獣医療では回復や治癒の見込みがなく、時間の経過とともに症状が進行し、生活の質(QOL)が著しく低下する病気であることが前提です。

    例えば、進行性の悪性腫瘍、末期の心疾患、末期の腎不全、コントロールできない神経疾患などが該当します。

    ただし、単に「治らない病気」というだけでなく、その病気によって動物が継続的な苦痛を感じている状態であることが重要です。

    2. 十分な治療を行っていること

    これまでに可能な限りの治療を尽くし、あらゆる選択肢を検討した上でなお、苦痛が軽減されず、改善の兆しが見られないことが条件となります。

    内科的治療、外科的治療、疼痛管理、支持療法など、その子の状態に応じて実施可能な治療法を十分に試みた後での判断となります。

    3. 主治医の獣医師が安楽死に同意していること

    その子の状態を熟知している主治医が、獣医学的見地から安楽死が最善の選択肢であると判断していることが必要です。

    生活の質(QOL)という重要な視点

    動物が「苦しい」と感じているかどうかを判断する際、僕は「QOL(Quality of Life)=生活の質」という指標を大切にしています。これは、その子がどれだけ快適で充実した生活を送れているかを評価するものです。

    QOLを評価する際には、以下のような要素を考慮します。

    身体的な快適さ:

    痛みや不快感がないか、呼吸は楽にできているか、排泄は正常に行えているかなど

    精神的な状態:

    食欲や好奇心があるか、飼い主との交流を楽しんでいるか、普段好きだった活動への関心があるかなど

    日常生活の質:

    自力で立ち上がれるか、歩行できるか、睡眠は十分取れているか、清潔を保てているかなど

    社会的な関係:

    家族や他の動物との関係性が保たれているか、コミュニケーションが取れているかなど

    これらの要素を総合的に評価し、その子の生活の質が著しく低下し、改善の見込みがない場合に、安楽死という選択肢が検討されます。

    安楽死の実際の流れ

    安楽死を選択された場合、以下のような流れで進めていきます。

    事前の十分な説明:

    安楽死の方法、流れ、注意点について詳しくご説明します。ご家族が十分に理解し、納得された上で進めます。

    環境の準備:

    可能な限り、その子にとって慣れ親しんだ環境で、ご家族に囲まれて最期を迎えられるようにします。

    血管確保処置:

    薬剤を投与するための血管を確保します。

    安楽死処置:

    静脈内に薬剤を投与し、数秒から数十秒程度で安らかに意識を失い、心停止に至ります。苦痛を感じることはありません。

    安楽死を選択するにあたり、その過程自体が「その子にとっての最後の思い出」となります。

    できる限り穏やかで、安心できる時間を過ごしてもらえるよう配慮しています。

    「ありがとう」「よくがんばったね」と、優しい言葉をたくさんかけてあげてください。

    その言葉は、必ずその子の心に届いています。

    最後に

    愛する家族との別れについて考えることは、とてもつらく、重い決断です。

    中でも「安楽死」という選択肢は、簡単に答えを出せるものではありません。

    しかし、だからこそ、その子の苦しみを和らげ、尊厳ある最期を迎えさせてあげるために、ご家族が真剣に向き合っていくこと自体が、深い愛情の証だと僕は考えています。

    僕は、安楽死という選択を決して軽んじることなく、その子の状態、ご家族のお気持ち、そしてあらゆる可能性を丁寧に検討しながら、一緒に最善の道を探していきたいと考えています。

    不安や不明な点があれば、どんな小さなことでも遠慮なくご相談ください。

    治療の経過や今後の見通しをしっかりとご説明し、ご家族が納得のいく決断を下せるよう、サポートします。

    また、「他に方法がないだろうか」「もっとできることがあるのではないか」と悩まれるのは、ごく自然なことです。

    セカンドオピニオンを求めることも、決して失礼なことではありません。

    ご家族の大切な一員であるその子のために、納得のいく選択をするための大切なステップだと僕は考えています。

    安楽死という決断には、少なからず罪悪感や後悔の気持ちがつきまとうことがあります。

    「もっと時間をかければよかったのでは」「他にできることがあったのでは」と思う気持ちも、僕はよく理解しています。

    でも、その苦しみからその子を解放してあげたいと願う気持ちから出た決断は、間違いではありません。それは、深い愛と勇気に基づいた、優しさに満ちた選択です。

    どれほど経験を重ねても、僕にとっても安楽死は決して「慣れる」ことのない、重く、繊細な選択です。

    それでも、ご家族とその子のために、その最期が安らかで穏やかなものとなるよう、できる限りサポートしたいと考えています。

    今、もし治療の限界や先の見えない不安に悩んでおられるなら、どうか一人で抱え込まず、お話しください。

    僕は、獣医師としてだけでなく、一人の人間として、その子とご家族にとって最善の答えを一緒に考えていける存在でありたいと願っています。

    最後まで愛をもって、その子を見送るために。