• 安楽死を考えたときに、読んでほしいコラム

    その子の体調が変化し、衰弱していく姿を前にすると、
    「このまま苦しませてしまうのではないか」と悩まれる方は少なくありません。

    安楽死という選択肢が頭に浮かぶのは、その子を思う深い気持ちの表れであり、決して特別なことではありません。

    一方で、実際にお話を伺う中で、
    「もう少しできることがあるかもしれない」と感じられることもあります。

    安楽死という選択肢と向き合うことは簡単ではありませんが、
    その前に少しだけ、別の可能性について知って欲しいと思い、このコラムを書きました。

    安楽死を考える背景は、それぞれ異なります

    「もう立てない」
    「夜に鳴き続けている」
    「病気が治らないと言われた」
    「この先、苦しませてしまうのではないか」

    安楽死を考えるきっかけは、ご家庭ごとに違います。

    ここからは、実際に往診で関わったいくつかの事例をご紹介します。

    事例①
    寝たきりと夜鳴き―介護の不安と向き合った16歳の大型犬

    16歳の大型犬のご家族から、「安楽死を考えている」という連絡を受け、往診に伺いました。

    立ち上がることはできず、床ずれがあり、排泄も自力では難しい状態でした。
    夜になると声を上げることもあり、「強い痛みがあるのではないか」とご家族は心配されていました。

    お話を聞いている中で、その子にはまだ食欲が残っていることが分かりました。
    姿勢や介助を工夫すれば食事はしっかりとれ、床ずれも処置と環境調整で改善が見込める状態でした。

    夜鳴きについても、強い痛みというよりは、
    「動けないことへの不満」や「助けを求めるサイン」と考えられました。

    必要に応じて使える軽めの薬を処方し、ご家族の不安は少しずつ和らいでいったのではないかと思います。

    日々の介護は決して楽ではなかったと思いますが、ご家族は工夫を重ね、最期まで寄り添う道を選ばれました。

    その子は、ご家族の腕の中で自然に旅立っていきました。
    「してあげられることはした」

    最後にそういわれていました。

    事例②
    胃の悪性腫瘍―緩和ケアを選び、最期まで自宅で過ごした柴犬

    進行した胃の悪性腫瘍と診断された柴犬の事例です。

    大きな病院では安楽死も選択肢として説明されましたが、ご家族は「できる限り自然に過ごさせてあげたい」と望まれました。

    往診では、痛み止めや吐き気止め、点滴を組み合わせながら、苦痛をできる限り減らすことを目指しました。

    食事や水分の工夫、床ずれの予防など、日常のケアについても丁寧にお伝えしました。

    体力は徐々に落ちていきましたが、その子は最期まで家族のそばで静かに暮らすことができました。

    旅立ちの後、ご家族はこう話してくれました。
    「後悔がまったくないとは言えません。でも、できる限りのことはしたと思っています。」

    事例③
    てんかん発作と治療―安楽死を考えた先にあった時間 高齢のヨークシャー・テリア

    高齢のヨークシャー・テリアの診察にお伺いしました。

    もともとてんかん発作があり、初診時は薬によるコントロールが十分ではありませんでした。

    「このまま発作が管理できないなら、安楽死も考えなければならないのではないか」
    飼い主さんは、そう悩まれていました。

    初診の際、僕は、
    「本当にコントロールが難しい状況であれば、安楽死も一つの選択肢かもしれません。
    ただ、まずはお薬の調整を改めて行ってみませんか。」
    とお伝えしました。

    複数回の往診に伺い、その時々の状態に合わせて薬の調整や追加をしました。

    いくつかの薬を組み合わせることで、次第に発作は落ち着き、コントロールできるようになっていきました。

    結果として、約2年間、診療を続け、最終的にはご自宅で静かに息を引き取りました。

    事例④
    慢性腎不全と「決断できない時間」―16歳の高齢猫

    16歳の高齢猫の診察にお伺いしたことがあります。
    その子は、かかりつけの動物病院で慢性腎不全と診断されていました。

    「これ以上はなかなか良くならないでしょう。
    自宅で静かに過ごさせてあげるか、苦しがるようであれば安楽死も検討してあげてください。」

    そう説明を受けたうえで、往診のご相談をいただきました。

    初めてお伺いした際、飼い主さんはこう話してくれました。
    「安楽死をしてあげることが、この子のためなんだとは思います。でも、どうしても決断できないんです。」

    決断できないのは、当然で、自然なことだと思います。

    そこで僕は、次のようにお話ししました。
    「ご自宅でできる範囲で構いませんので、まずは点滴をしながら様子を見てみませんか。
    もし苦しさが強くなり、飼い主さんの気持ちが『安楽死をしてあげたい』と固まり、
    そして獣医師である僕が、それがこの子にとって必要な選択だと判断した時には、その時に安楽死を考えましょう。」

    そのうえで、ご自宅での点滴を始めることになりました。

    当初は週に3回の点滴を行っていましたが、徐々に食事がとれるようになり、自分から水を飲めるようにもなりました。

    状態が安定してきたため、点滴は週2回に減らし、最終的には5日に1回まで間隔を空けることができました。

    ただ残念ながら、病気そのものが治ったわけではありません。
    時間とともに腎不全は進行し、再び状態は悪化していきました。

    点滴の回数を増やしながら支えていきましたが、初めて診察してから約5か月後、その子はご自宅で息を引き取りました。

    旅立ちの後、飼い主さんはこう話してくれました。
    「この子にとって、これが本当に正解だったのかは分かりません。
    もしかしたら、飼い主のわがままだったのかもしれません。
    最後まで決断できなかったのかもしれません。
    でも、この5か月で、この子にしてあげられることは、やり切ったと思っています。」

    安楽死を選ばないことが、正解とは限りません

    ここでご紹介したのは、安楽死を選ばずに過ごした事例です。
    しかし、すべてのケースで同じ選択が良いとは限りません。

    ⚫︎ 痛みが十分にコントロールできない場合

    ⚫︎ 呼吸が苦しく、強い痛みが続く場合

    ⚫︎ ご家族の心身の負担が限界にある場合

    安楽死が、その子にとって穏やかな最期となることも確かにあります。

    大切なのは、
    「どちらが正しいか」ではなく、
    その子とご家族が納得できる選択をすることです。

    当院ができること―
    その時間を支えるということ

    安楽死を選ぶ前に、もう少しできることがないか。

    その問いに一緒に向き合うことが、僕が往診で大切にしていることです。

    ⚫︎ 痛みや不安を和らげる医療的ケア

    ⚫︎ 食事や水分補給の工夫

    ⚫︎ 床ずれや排泄のケア

    ⚫︎ 夜間の落ち着かない時間への対応

    ⚫︎ ご家族の負担を減らすための工夫

    こうした積み重ねが、その子にとっても、ご家族にとっても大切な時間になります。

    決して、「安楽死をやめましょう」と言いたいわけではありません。

    ただ、その前に一度、落ち着いて考える時間を持っていただければと思っています。

    もし今、迷いや不安を抱えておられるなら、どうか一人で抱え込まずにご相談ください。

    その子がその子らしく過ごせる道を、一緒に探していきましょう。

院長の写真

WRITER 武波 直樹

よつば動物病院 / 院長

山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属