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安楽死を選ばないという選択肢
―その子のいのちに、最後まで寄り添うということ―
以前、「安楽死という選択肢と向き合うために」というコラムを掲載しました。
そこでは、苦痛の強い状況で、安楽死という選択がその子にとって優しさとなることもあるとお伝えしました。今回のテーマは、それとは異なる「安楽死を選ばない」という選択肢についてです。
矛盾しているように感じられるかもしれませんが、それだけに、命に向き合うということは、簡単に答えが出せるものではないのだと思っています。
「どちらが正しい」というような明確な答えが存在する問題ではありません。
その子のことを最もよく知っているご家族が、状況や気持ちを踏まえて考え抜いた上で選ばれた判断であれば、それがその子にとっての正解なんだと思います。
最後まで一緒に過ごしたいという想い
「苦しんでいる姿を見るのはつらいけど、できれば自然に旅立たせてあげたいんです。」
そうお話しされるご家族は少なくありません。
安楽死という選択肢があることを理解したうえで、あえてそれを選ばず、その子のいのちの最期の瞬間まで、そばにいて見届けたいと願う方もいます。
しかし、その選択は決して簡単ではありません。
体調の変化、苦痛のコントロール、そして日々の不安。そうした時間を一緒に過ごす覚悟が必要になります。症状の悪化を目の当たりにしながらも、その子に寄り添い続けることは、ご家族にとって身体的にも精神的にも大きな負担となります。
それでも、最後まで「いのちとともに暮らす」という選択をされる方々もいます。
獣医師にできること
そのようなご家族に対して、僕たち獣医師にできるのは、その子が少しでも穏やかに過ごせるよう、緩和ケアを行うことです。
注射や点滴、痛み止めや吐き気止めの処方といった医療的なケアはもちろん、床ずれを起こさないような工夫、給餌や飲水の方法の指導など、日々の暮らしの中で行えるケアについて、ご家族と一緒に考えていきます。
症状をゼロにすることはできなくても、その子の苦痛を和らげ、ご家族が安心してケアできるようサポートすることが、僕たちの重要な役割です。
また、ご家族が不安を感じたとき、安心してもらえるようにそばで支えることも、往診の役割のひとつだと考えています。医療的なケアだけでなく、「今のケアで大丈夫ですよ」「その子は安らかに過ごしていますよ」といった言葉をかけることで、ご家族の心の支えになることができればと思っています。
柴犬のご家族との経験
以前、僕はある柴犬の往診をしました。
その子は大きな動物病院で胃の悪性腫瘍(ガン)と診断されていました。
その動物病院では、安楽死の選択も勧められたそうです。
けれど、ご家族は悩んだ末に「最後まで、できる限りのことをしてあげたい」と希望されました。
そこで僕は、自宅でできる緩和ケアを一緒に考え、実践していくことになりました。具体的には、点滴、吐き気止め、痛み止めの投与でした。
また、流動食の与え方、水の飲ませ方とその量、床ずれを防ぐ工夫など、日々の暮らしの中で支える方法を細かくお伝えしました。体重は最終的に半分ほどになってしまいましたが、その子は自分の命を最後まで生ききりました。
僕が初めて往診した日から、5か月と2週間。
ご家族にとっても、その子にとっても、本当に大変だったと思います。でも、最後にご家族がこう言ってくださいました。
「後悔がないといえばうそになるかもしれませんが、自分たちができることをできる限りしたので納得しています。」
あの言葉は今でも心に残っています。
後悔が残る選択、それでも
どちらの選択をしても、人はきっと少しは後悔を感じるのではないかと思います。
「もっとこうしてあげられたのではないか」「あのとき別の選択をしていれば」
そんな思いが浮かぶこともあるでしょう。これは、どれほど愛情深く、どれほど慎重に選択をしても避けることのできない、人間としての自然な感情です。でも、その後悔の背景には、必ず「その子を大切に思う気持ち」があります。
そうした気持ちの中で、丁寧に選ばれた道であれば、それはその子とご家族にとって意味のある、価値のある選択だと思います。
その決断を信じてほしい
命の見届け方に、ただひとつの正解はありません。
安楽死を選ぶことも、選ばないことも、
その子とご家族の関係、そのときの状況や思いによって変わるものです。だからこそ、僕はお伝えしたいのです。
「その子を一番知っているのは、ご家族です。ご家族が悩みながら考えて選んだその決断こそが、その子にとっての正解です。」
どうか、自分の選択を責めないでください。
最期まで向き合おうとされたその姿勢は、きっとその子にも伝わっているはずです。
その子は、愛されていることを感じながら、大好きなご家族に見守られ安らかに過ごすことができたのだと思います。
どの道を選んでも、その選択には意味があります。
あなたの愛情は、確実にその子に届いています。
よくあるご質問
Q. 「自然に任せる」と「苦しませている」は、どう違うのですか?
A. 大きく違います。「自然に任せる」というのは、何もしないということではありません。痛み止めや吐き気止め、点滴などの緩和ケアを行いながら、その子の苦痛をできる限り和らげた上で、最期の時を見届けるという選択です。何の手当てもせずに苦しませてしまうことと、できる限りのケアを尽くしながら寄り添うことは、まったく別のものだと考えています。
Q. 緩和ケアだけで、どこまで苦痛を抑えられますか?限界はありますか?
A. 正直にお伝えすると、すべての苦痛を完全になくすことはできません。痛みや不快感を和らげることはできますが、ゼロにすることが難しい場合もあります。だからこそ、その子の状態を診ながら、今のケアで十分なのか、それとも別の対応が必要なのかを、その都度一緒に確認していくことが大切だと考えています。
Q. 自宅での看病が、自分の体力的に続けられるか不安です。
A. もっともなご不安だと思います。柴犬の事例でも、5か月以上にわたる看病は、ご家族にとって身体的にも精神的にも大きな負担だったはずです。ですから、無理に一人で抱え込まないでほしいのです。点滴の頻度やケアの方法は、ご家族の状況に合わせて調整できますし、僕たちも定期的に訪問しながらサポートします。続けられるかどうか不安に感じた時点で、遠慮なくご相談ください。
Q. 途中で「やっぱり安楽死を」と考え直すことはできますか?
A. もちろんできます。「選ばない」と決めたことが、最後まで覆せない約束というわけではありません。その子の状態やご家族のお気持ちは、時間とともに変わっていくものです。途中で苦痛が強くなり、ご家族が安楽死を望まれ、獣医師としてもそれが必要だと判断した場合には、その時点で改めて考えることができます。どちらの選択も、最初に決めたことに縛られる必要は全くありません。
Q. 周囲から「かわいそう」「なぜ楽にしてあげないの」と言われ、自分の選択に自信が持てません。
A. その子の状態を最もよく知っているのは、日々そばで過ごしてきたご家族です。周囲の方が見ている時間と、ご家族が見ている時間では大きく違います。一番近くでその子のことを見てきたご家族が悩みながら考え抜いた末の選択であれば、それはその子にとっての正解です。どうか、ご自身の選択に自信を持ってください。
WRITER 武波 直樹
よつば動物病院 / 院長
山口県出身。1980年生まれ。北里大学卒業後、岡山・神戸の動物病院で延べ3万件の診察と2000件以上の手術を経験。末期の動物を「家で看取りたい」という飼い主の声に応えたいとの思いから、2017年、近畿圏で初の往診専門動物病院「よつば動物病院」を開業。訪問診療はのべ1万3千件を超える。飼い主と動物の「その子らしい時間」を支えることを信条としている。
神戸市獣医師会所属、往診獣医師協会理事、日本獣医循環器学会所属、日本ペット栄養学会所属



